豊後大野市 犬飼 千歳 大野 三重 朝地 清川 緒方

「上田原御手洗神社神木」


三重町
樹齢1000年と推定されるナギの巨木
「立野古墳」


三重町
前方後円墳、四世紀末、全長約60m
「久部層塔」


三重町
「指定有形文化財」
南北朝時代頃の造立
「川辺宝塔」


三重町
「大分県指定有形文化財」
南北朝時代の明徳四年(1393)に造立された塔。ー説明板よりー
「馬場石憧」


三重町
「県指定有形文化財」
天文五年(1536)三月
総高2.3m
「六字名号」

「菅尾石仏」

「宮迫西石仏」

「宮迫東石仏」

「瑞光庵磨崖仏」


三重町

巨大な磨崖六字名号は黙和尚の雄渾な筆跡である。
ー説明板よりー

三重町
「国指定重要文化財」
「国指定史跡」

平安時代に造られた石仏は、国指定史跡、重要文化財である。右から多聞天1.98m十一面観音1.84m阿弥陀如来1.78m薬師如来1.74m千手観音1.91m
ー説明板よりー


緒方町
「国指定史跡」
右から阿弥陀如来、釈迦如来、薬師如来の順に並び、三尊形式をなさず、平等並列の状態で彫られている。鎌倉時代と考えられる。
ー説明板よりー



緒方町
「国指定史跡」
中央には大日如来、その向かって右には不動明王、左には持国天が立っている。平安後期の作風が感じられるが、豪放な造形と地域色の強い容姿から鎌倉時代に造顕されたと考えられる。
ー説明板よりー






緒方町
瑞光庵の由来は不詳である。裏側の岩窟は、幅6m奥行2m高さ2mで、不動明王が彫り込まれている。表情や下半身の造顕の手法を見ると極めて近世の作であると考えられている。
ー説明板よりー



「落水磨崖石仏」


岸壁の地上3m程の処から上部に不動明王立像が浮彫りとなっており、この岩下より豊かな地下水湧出が見られる。
ー説明板よりー

大野町
不動明王立像
像高約3m
「普光寺」


朝地町
普光寺「殿様井戸」


代々中川公の祈祷寺として藩主自ら来駕し、庫裏には藩主の間が設けられ、懸け造りでは藩主を中心とした法要仏事が行われました。その時の茶の水は大不動明王の下を通して湧出る殿様井戸から汲むことになっていました。
ー説明板よりー
普光寺「不動明王」


正面の大不動明王は、高さが11.3m磨崖仏(浮彫り)の中では日本最大です。左に制多迦童子、右に矜羯羅童子いずれも5.5mの二童子を従え、鎌倉期の作と言われています。
ー説明板よりー

「黒松阿蘇社鳥居」



犬飼町
「市指定文化財」

阿蘇神社入口にある鳥居で、高さ3.15m、南北朝時代に建立されたと考えられている。

~説明板より~

「宮脇宝塔」


犬飼町
貞和4(1348)年在銘で、総高253cmの宝塔

「柴山八幡社」


千歳町
正しくは「霜月祭」ひょうたん祭り

主役ひょうたん様のいでたちは、頭に二尺五寸の長ひようたんを冠り、背には三尺の太刀を斜めに背負い、緋のひたたれ、緋の袴、腰には肩から斜めにつるした神酒三升入りの大ひょうたん、足には巾二尺、長さ三尺五寸の大わらじを付け、手には一丈有余の大榊の枝業のつきたるままを杖とし、道々に、天下泰平、無病息災の御神酒を善男善女にふるまいつつ、御幸所まで、神輿の先導をするものなり。
ー説明板よりー
「岩壁の垂訓」


この地は人里離れた寂しいところで、時々怪奇あり昔はこの道は夜間通行する者はなかつったという。寛政六年、田島の本家田島仁右衛門は通行人に安らぎを与え、佛心涵衣に資せんものと、単身徒歩で三年の歳月を費やして京に上がりその頃の東寺の住職に訳を話し、「南無阿弥陀仏」の六字の名号を書いてもらい、これを石工に彫らせ法要を営んだところ、以来怪奇も絶え、安心して夜間も通行できるようになったと伝えられている。

ー説明板よりー
「瑞龍山宝光寺山門」


三重町
寛永十一年(1634)松峯元祝によって創建された寺院である。石造のアーチ型の門が特徴です。
「烏嶽分水」


緒方町

「波乗り地蔵」


犬飼町
この火の道を下ると、大野川と柴北川の合流点の大きな岸壁の西側に線彫りされたやや前かがみの姿勢で小舟に乗った地蔵立像の「波乗り地蔵」があります。中川公(岡藩主)が参勤交代で犬飼より府内まで下る際、安全祈願のため刻まれたという説と雪舟が文明八年(1476)大野町沈堕の滝を描くため来た時に犬飼に立ち寄り描いたという説がある。。
ー説明板よりー
「イチイガシ」


清川町
「県指定天然記念物」
胸高廻り12m、高さ約20m
樹種別で全国一推定1000年。
ー説明板よりー
「犬飼港四百石の石畳」


犬飼町
明暦二年(1656)の昔より波路はるかに実り豊かな文化と産物が絶え間なく荷揚げされ船積みされた犬飼の港。
ー説明板よりー
「緒方三郎惟栄館跡」


緒方町
この地は古くから惟栄館跡と伝承されており、豊後国誌には「緒方惟栄館跡緒方郷上自在田間二在り」と記されている。

「自是千年」


朝地町
この平井川には、江戸時代旅人を川に引き込むカッパが住み人々を困らせていました。この話を聞いた旅の僧が「千年はふちから出てはならぬ」と念じてふちの岩に「自是千年」と刻みカッパを封じました。

「妙覚寺山門」


千歳町
白鹿山の中腹にある妙覚寺山門、径間は2.1m
 「緒方疏水の碑」


緒方町
「下野熊埜社鳥居」


犬飼町
「松巌寺山門」


犬飼町