豊後高田市の文化財 香々地 真玉 豊後高田
「走水庚申塔」


豊後高田市
享保四年
「市指定有形文化財」
「石造宝塔」


豊後高田
「県指定有形文化財」


「ゆずりは両面板碑」


豊後高田市
「県指定有形文化財」
総高161cm碑身1435cm巾725cm両面板碑は当地方では珍しい。
ー説明板よりー
「道園線彫板碑」


豊後高田市
「県指定有形文化財」
時代は不詳。宝筺印塔、五輪塔などの背後の岩に線彫りされており蓮碑となっている。
ー説明板よりー
「城山国東塔」


豊後高田
「県指定有形文化財」
「釈迦堂宝筺印塔」


豊後高田
「市指定有形文化財」
「鍋山磨崖仏」


豊後高田
「国指定史跡」
鎌倉期と推定
「おべん柿の原木」
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真玉町
「県指定特別保護樹木」
伝説によると、寛永の頃、黒土におべんさんという老婆が、住んでいました。ある日、一人の旅の僧がこの地を訪れ水を求めたところ、おべんさんは優しく僧をもてなしました。すると僧はお礼に柿の種を与えて去りました。その後、おべんさんが柿の種を庭にまいたところ、見事な柿の木に成長し、たくさんの実を付けました。この柿はしぶ柿ですが、しぶ抜きをすると、とてもおいしいので「おべん柿」と名付けられて、これを母木としてこの土地一帯を中心に繁殖され、郡内までも広がりました。
ー説明板よりー
「穴瀬横穴群」


豊後高田
「県指定史跡」
都甲川に接する美和台地南側崖面にあり、装飾文様がある。
「城山薬師堂跡四面石仏」


豊後高田
「市指定有形文化財」
室町時代と推定
六郷満山馬城山伝乗寺末坊薬師堂と伝える。
ー説明板よりー
「堀岩屋普賢洞」


豊後高田
普賢菩薩は文殊菩薩とともに釈迦如来の脇侍として仕える。獅子に乗って釈迦如来の左側に仕える文殊菩薩が智慧を司るのに対して、白い象に乗った普賢菩薩は行(修行)を司ると云われている。両者は密接に関わっており、文殊菩薩の問いに対して十大願を説いたと云われている祠である。
ー説明板よりー
「熊野磨崖仏」


豊後高田
参道の自然石の乱積石段は鬼が一夜で築いたと伝えられている。
ー説明板よりー





不動明王は6.8m

「国指定史跡」
「国重要文化財指定」




大日如来高さは8m
藤原時代末期の作と推定されている。
伝説では、磨崖仏は養老二年(718)仁聞菩薩が造立したと伝えられ、近くの山中には「御所帯場」とよばれる作業時の宿泊所跡がある。


ー説明板よりー
「夕陽100選」


真玉の夕陽

「長岩屋山天然寺」



豊後高田
現在は本堂、講堂など僅かな建物しか残って
いませんが、境内には多くの文化財が点在しています。本尊には、平安時代末期の作で、県有形文化財に指定された釈迦如来坐像が安置されています。
ー説明板よりー
「磨崖役行者像」


戦国時代末期のもので修験道の開祖とされる役行者が薄肉彫りされた磨崖仏である。
ー説明板よりー


「川中不動」


安土・桃山時代に不動明王と制咤迦童子・矜羯羅童子の両脇侍が刻まれ、かつては護摩堂が存在していた。
ー説明板よりー


「両田横穴群八基」


豊後高田
「市指定史跡」


「応暦寺」


奈良朝時代養老二年(718)宇佐八幡神の応現と伝われた、仁聞菩薩の開基になり、盛況時は末寺、末坊社等二十五を擁したと伝えられる。

「青宇田石像四天王」四軀


豊後高田
「市指定有形文化財」


「青宇田の画像石」


豊後高田
「県指定有形文化財」

南北朝時代末期丘陵の一角にあった、延命寺の僧一道・道念他五名の発願に依り完成した。線彫りで浄土思想を絵巻物風に表している。至徳二年(1385)明徳二年(1391)の銘あり。
「堂の迫磨崖仏」


真玉
「県史跡」
室町初期

「応暦寺宝篋印塔」


真玉
「市指定有形文化財」
南北朝期
「応暦寺聖徳太子像」


真玉


「燈ノ御堂板碑」


豊後高田
「県指定有形文化財」
「塔ノ御堂国東塔」


豊後高田
「市指定有形文化財」
「くぐり鳥居」


真玉
「福真磨崖仏」
へ行く途中にあります。
「福真磨崖仏」


「県史跡」
南北朝期と推定
唐破風付石造覆屋 安政四年(1857)

「其ノ田板碑」二基


豊後高田
「県指定有形文化財」

「雨引社」


豊後高田
江戸時代の天保十四年(1843)に台薗集落の下を通るマブ井堰開通の折に建立された水神様で御神体は天水分神、国水分神とされています。しかし、元禄二年(1689)の村絵図の中では堂祠として確認されることから、もっと早い時期から何らかのお堂が存在していたと考えられます。743年墾田永年私財法の成立により、開墾した水田の私有が認められるようになりこの雨引神社鳥居の前から湧き出る湧水を利用してこの小崎地区の水田開発が始まったとされています。
~説明板より~

「間戸の岩屋」


豊後高田
国東半島独特の奇岩で間戸耶馬とも言われ、小崎の歴史景観の一部をなすものです。岩屋から小崎の谷を一望する景観は、荘園村落遺跡の価値を十分に明らかにしてくれます。
~説明板より~
「福寿寺薬師堂磨崖国東塔」


豊後高田
塔高90cm
「県指定有形文化財」
室町時代 永享癸丑(1433)


「焼尾塔ノ本国東塔」


豊後高田
「県指定有形文化財」
南北朝時代の作と推定
総高234cm
「元宮磨崖仏」


豊後高田
「彌勒寺宝篋印塔」


豊後高田
室町末期
「富貴寺」


豊後高田市
富貴寺大堂
吉田光由の墓
渡辺藤兵衛の墓


香々地町
市指定史跡