九重町の文化財
「相狭間のブンゴボダイジュ」


大分県指定天然記念物 根元5.03m 樹高20m

個人所有
釈迦がその下で悟りを開いたとされる菩提樹は「クワ科」です。葉の形のよく似たボダイジュ(シナノキ科)が菩提樹になりすまし、日本に渡ったもので各地で時々見かけます。この木はクジュウの南北にのみ分布するツクシボダイジュとされていました。
葉が少し小さく、果実がやや細長く、縦筋が目立ち、実に生える毛が灰褐色で短い(ツクシボダイジュは長い灰褐色)などの点で異なることから、1989年ツクシボダイジュの命名者初島鹿大名誉教授により新種のブンゴボダイジュとされました。
ー説明板よりー


「菅原神社」


この天満宮は、別名「赤兵子天満宮」といわれている。これは藤原氏の刺客に追われた時、この地の老婆が貫公をかまどの下にかくし赤兵子をかわかす様をして助けたという故事によるものです。大宰府天満宮の御祭典は、この天満宮よりの使者が出府しないと開くことができなかったという。
ー説明板よりー



「榧の木の由来」
樹齢1500年(推定)
右大臣菅原道真公は延喜元年三月醍醐天皇の勅令により太宰○師に左遷される途中当地に立ち寄られました。それは当時在住の京での学友であり浄明寺の住職観応に逢うためでした。あいにくその時は大雪のため一カ月の長さにわたり滞在をやむなくされましたが滞在中にこの榧の木の「一の枝」でご自身の像を自ら刻み、雪解けをみはからって出発する際、形見として観応に残したと云われており、現在天満宮の御神体であるり広く学問の神、正直な人の守り神として多くの善男善女の信仰をあつめています。
ー説明板よりー
「宝八幡社」



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「瑞巌寺磨崖仏」


右から、多聞天1.70m矜羯羅童子1.61m不動明王2.26m制多迦童子1.62m増長天1.70m制作年は鎌倉時代初期説と室町時代中期説があるがはっきりしない。瑞巌寺は養老年間(717~723)に国東半島六郷満山を開基した仁聞の創建になると伝えられる。
ー説明板よりー