玖珠町古後長田

かまどケ岩


 かまどケ岩 天下の豪勇 後藤又兵衛が元和元年大阪城落城後中津に在住 その後遁れ隠れ一時伊福に寺子屋を開いたともいい またこの洞窟に身を潜め豊臣家再興をはかるため住んだという。その後薩摩藩の使者により豊臣秀頼の病死を知り 豊臣家再興のはかり難きを嘆き 妾お豊の里伊福にて血涙をふるい自刃して果てたたという 承応三年一月又兵衛の人徳を慕い里人の手によって墓が建立されている。~説明板より~