宇佐市四日市


時枝城跡

時枝城 初代城主時枝大和守左馬○惟光は応永年間(1400年頃)に山城国慶安寺より宇佐八幡神宮寺の弥勒寺事務役として下○領地猿渡(当時上下時枝を含む)及び鬼木村(現豊前市内)を与えられ下時枝森田の地に築城した。その後代々の城主は領民を撫育し○雄相争う時代によくその城を守った惟光五世の孫武蔵守太夫鎮○は戦国末期の城主として郡内の○豪相争う中にあり大いに活躍勇○○馳せた。天正十五年豊臣秀吉の重臣黒田官兵衛○○○豊前国の内六郡(京都郡築城郡仲津郡下毛郡上毛郡宇佐郡十一万三千石)の領主となるに及び平太夫は黒田軍に加わって戦った○功を認められ家臣に加えられた。慶長五年(1600)黒田氏は福岡へ転封となったので平太夫この城を廃し黒田氏と共に福岡に移った。
~説明板より~



   




近くに時枝陣屋跡がありますが、黒田の時代より後のことです。
小笠原長宥は元禄十二年(1699)この地に陣屋を建てて、時枝領五千石を治めた。石垣等が残る。