2014年のNHKの大河ドラマが「軍師官兵衛」 地元の九州も舞台になるということで、すべてではありませんが気になる場所を訪問してみました。
日本三大水城の一つ 黒田官兵衛が天正十六年(1588)築城

慶長五年(1600)九月、東軍・徳川家康と西軍・石田三成との関ヶ原の戦いが起こりました。九州における東軍は中津城の黒田官兵衛、熊本城の加藤清正、木付城の細川忠興だけで、他はすべて西軍でした。豊後国で唯一東軍に与した木付城は、東軍と西軍の攻防の要城となりましたので、豊後国の再興を目指した大友宗麟の子、大友義統が攻め込んだ「木付城の戦い」は、遠く熊本城の加藤清正が救援に出陣するほどの天下分け目の戦いとなりました。木付城は、大友軍の猛攻に、三の丸、二の丸を攻め落とされ、城の守りを任されていた有吉立行や松井康之らの防戦虚しく落城寸前でした。しかし、井上九郎右衛門らが率いた官兵衛の援軍により落城を免れ、別府立石まで徹退し陣を構えた大友軍と、追いかけた黒田・細川連合軍は、九州の関ヶ原といわれる「石垣原の戦い」で大激戦となり、黒田・細川連合軍は、大友軍に勝利しました。
案内板、説明板、チラシ、パンフレット、ガイドブック、各サイトのコメントを引用しています。
宇都宮重房
如法寺跡(内山城跡)
八幡古表神社
広津城跡
唐原山城跡
西蓮寺
赤壁合元寺
閻魔さんのお寺 圓龍寺
河童の墓と水文瓦 円応寺
闇無浜神社
後藤又兵衛の墓
田丸城跡
池永城跡
犬丸城跡
秣城跡
平田城跡
長岩城跡
時枝城址
高森城跡
高田陣屋跡
国東市 名将橋
富来城跡
安岐城跡
孝高石
杵築城
光岡城址
かまどヶ岩
石垣原合戦


虎口の石垣が残る水門


堀底は東から西の水門の方へ傾斜していることから、江戸時代は、北側だけでなく、このあたりからも堀へ水が入り汐の干満で入れかわっていたと推察。
鉄御門跡

幕末の絵図には鉄板を用いた強固な門扉が描かれている。トンネル状の通路の階段を登ると城内に通じていた。


複数の中津城絵図には鉄御門横に最も高い三層櫓が描かれている。この場所が天守閣の候補である。


唐原山城の石を使った石垣